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2月のビンテージ泡盛は『琉球』

2016/02/16

みなさんこんばんは!

2月のビンテージ泡盛の紹介です。

Facebookでも先にお披露目しましたが、
新里酒造さんの代表銘柄
【琉球 30度 】最低28年以上前のビンテージです。

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新里酒造さんは言わずと知れた、沖縄の企業の中で最も古い歴史を持つ最古の酒造。
その歴史は創業1846年というイメージしづらい時代ですね。。。。

どんな時代かと言いますと

○日本は、、、江戸時代、第12代征夷大将軍”徳川家慶”の時代、ペリーさんが浦賀に来て開国を迫り(1853年)決断を迫られた方ですね。ちなみにこのかた、ペリーさんがさんが来て開国を迫った4ヶ月後にお亡くなりになられます。熱中症とは言われてますが、異国からの圧力にかなり苦心されていたのではないでしょか。。。

○世界では、、、1年後に発明王、トーマスエジソン氏が誕生します。彼が産み出した多くの発明のお陰で私達の生活は豊かになりましたが、電気も活用できない時代から目には見えない菌と向かい合いながら酒作りを営んでいるって凄いですね。

○沖縄では、、、もちろん琉球王朝、第18代国王 尚育 (最後の王、尚泰の父)の時代。ナンミンノガンチョーこと宣教師ベッテルハイムさんが来琉した年でもあります。
(※ナンミン=波の上、の ガンチョー=眼鏡 という意味で彼は護国寺のある波の上でよく散歩をしていたので、地域の人達からそう呼ばれていたそうです。)
彼は、後にペリーさんと共にアメリカへ渡るのですが、その後、南北戦争にも医師として参加されています。

そして、調べてちょっと面白かったのが、何とこの年に海王星が発見されています。
新里酒造さん、いつか【琉球泡盛 海王星】の商品化してみては。。。

。。。脱線気味なので本題に戻ります。

そんな時代から、琉球王朝に命じられて泡盛造りを営んでいた酒造が新里酒造さん。

創業当時は首里、赤田に構えていましたが、大正13年(1924年)には那覇市若狭に移転、その当時はまだ新里酒造も、銘柄【琉球】も産まれておらず、屋号でもある【カネコウ】の酒として、親しまれていました。

因みに、二代目の康昌氏は経営センスに優れた方で、砂糖や石炭を販売して財を成した沖縄県でも有数の高所得者だったそうです。
屋号である『┐=カネ』とは、差し金の事で商売が真っ直ぐ、お手本となるようにという意味が込められています。
その思いを忘れる事のないよう現在のラベルにも屋号である”カネコウ”は入っているんですね!

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(※これが差し金です)

さて何故、この泡盛が最低28年以上のビンテージかといいますと、住所が沖縄市に移転する前の那覇市牧志になっています。
昭和63年(1988年)に移転していますので、最低でも28年前の工場移転前に那覇で製造された泡盛であることに間違いありません。

では28年以上は確定していますので、〇〇年未満まで調べてみたいと思います。
戦後、牧志で泡盛造りを再開したのは昭和28年(1953年)ですが、その時代にはまだ琉球という銘柄は生まれていません。

ここで切り口を変えましょう!

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右下にあるシール『沖縄優良県産品推奨』マークは現在も認定されている制度で、その始まりは1980年からスタートしています。

ということは1980年〜1988年の間に製造された泡盛と推測できます。
そろそろ肝心の味わいに行きましょう。
新里酒造さんの現行の30度は、綺麗な酒質で飲みやすくいわゆる癖の少ない飲みやすい泡盛でしょう。
それからすると、ビンテージ琉球は昔の作りらしい飲みごたえをしっかり感じ、熟成感も楽しめる、贅沢な味わいです。

時を越えて出逢え、楽しめる泡盛って素敵ですね!

もちろん無くなったら、次にいつ出逢えるかはわからない子ですので、ご来店の際はリクエストくださいね!

それでは本日もビンテージ琉球共に皆様のご来店おまちしています。

泡盛倉庫
比嘉康二

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